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発見探検僕の町~♪ 茂原観音に新名所!?~鈴木源之丞様の供養塔

そろそろ梅雨も明けそうですね~\(^o^)/
これからが夏本番ですね(>_<)
気を引き締める感じで頑張って行こうと思います(^o^)丿

最近のウォーキング中でのスクープ&感じられた事は( ..)φメモメモ
1・ここ2~3日前からセミが鳴き始めた。
2・小さな用水路に大きな鯉がいる。(40~50センチ位)
3・大雨で道路にドジョウが沢山打ち上げられていた。
4・捕ったド~した、クワガタが何気に20匹超え!
5・今年は余り、カナブンが見られない!?
上記5項目( ..)φメモメモ 
です。
今時の雀宮地区の自然環境の調査報告(^。^)y-.。o○
お子様の自由研究などのお役に立てればと思います(^^♪
※クワガタの居る場所など知りたい方は連絡求~む!!
(保護の為に8月半ば前には、自然に返しましょうね。)

そして!特ダネ発見!
前に御紹介しました茂原観音に鳴き龍がいました!!
茂原観音に新名所の予感です。
先ずは場所から。下記の写真で説明します(^O^)/
茂原観音の鳴き龍が居る場所
写真正面に映る、大谷石の階段の中段辺りに目掛けて、手を叩いてみてください。
不思議な音で反射?されますので、一度、近くを通りましたら、試してみて下さい。

そのまま、茂原観音様を後にして、ウォーキングを田んぼの真ん中の農道を北に15分位歩くと。
あそこら辺は御田長島って言う地区だったかな?
江戸時代に宇都宮で大きな農民一揆(籾摺騒動)の首謀者の一人、鈴木源之丞様の供養塔が有ります。
江戸時代では罪人のお墓を建てる事が出来ませんでしたので、供養塔を村人達は感謝の気持ちで建てたんでしょうね。
鈴木源之丞供養塔1
鈴木源之丞供養塔2

そして、源之丞様を称える歌碑もあります。
詩・山崎よしたかさん
鈴木源之丞供養塔の顕彰歌碑
こんな、切ない、当時の農民の人たちの思いが凝縮された詩が謡われています。
写真では、見ずらいと思いますので、そのまま、書き込みいたします。

嗚呼 籾摺り源之丞
詩・山崎よしたか
一、ここは下野 河内郡
 御田長島の頭取は
 その名も鈴木源之丞
 過酷な年貢の取り立てに
 命を捨てて決起あがる
 明和元年九月どき
二、五合年貢が六合搾取りじゃ
 死ねと言うのか百姓を
 鎌やのこぎり手にかざし
 早鐘たたいて紙小旗
 目指すはお城 大手門
 悲願い届けよ 堀の水
三、直訴一揆はただでは済まぬ
 責を背負いて打ち首の
 覚悟は澄める仲秋の月
 長島八坂の一隅に
 静かに眠る源之丞
 誉れ忘れじいつの世も

この地域の御先祖様達の熱い思いと言うか、強い意志と言うか、自分はこの場所に来ると、勇気が貰えるような気持ちになります。
この、歌碑を読むと、今の生活がいかに、有りがたいと思うと同時に、御先祖様達が死をも恐れぬ思いと努力で今の私達の有りがたい生活が有ると言う事。
本当に感謝しなくてはいけませんね。
※郷土の義人、鈴木源之丞の偉業を伝える。
 昨年10月30日(日)に雀宮東小学校で鈴木源之丞祭りが開催されましたよ(^^♪
 郷土の歴史を後世に伝える(*^_^*)
 素晴らしいですね!(^^)!

そんな事ですので、今年のお盆はお墓参りに行きましょうね(*^_^*)
御先祖様達に感謝しましょう\(^o^)/

前のブログで紹介漏れが有りましたm(__)m
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めっちゃ旨いので、皆さんもお試しあれ(^O^)/
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茂原観音様

だんだんと暑くなってきましたねぇ~(>_<)
今年の暑さ対策はいかがなされますか?
私の家では、去年と同じく、ゴーヤのカーテンで少しでも、節電の協力をする予定でございます。
何か手軽に簡単に良い方法が有りましたら、是非、教えてくださいね。

さて、さてさて(^^♪
私もウォーキングを始めて、そろそろ1年になります。!(^^)!
※あまり体型が変わらないのが、ちと残念ですが(T_T)でも、体力は相当つきましたよ、かなり実感してます。
そして、1年にも成ると、色々と発見した事が沢山ありますねぇ~(^o^)丿
今回は、その中でも、私の住んでる茂原に因んで田園地帯に囲まれひっそりと林の中にあります「茂原観音」を御紹介いたします。
※茂原観音とは、昔からの愛称の様な物で、正式名称は「穴穂山教王院普門寺アノウサンキョウオウインフモンジ」と言うみたいです。
先ずは、茂原観音の入り口です。
茂原観音道入り口
そして、大谷石の階段を20段程、登りますと御堂があります。
茂原観音御堂の正面
四月末から五月の初旬位なら、牡丹桜が綺麗ですよ。
茂原観音の桜
ここで、簡単な茂原観音の説明をいたします。
茂原観音「穴穂山教王院普門寺」は1174年(承安4年)裳原遠江守家次が、丹波(現在の大よそですが京都中部辺り)の穴太寺の御本尊を迎え、開山した。
真言宗で御本尊は聖観世音菩薩(市指定文化財)
下野三十三観音二十番札所
です。
そして、御堂の中に安置されている、文化財の説明書きの看板があるので、ご紹介します。
本造聖観世音菩薩立像
本造聖観世音菩薩立像
この御堂に安置されている観音は。
安産・子育ての信仰が厚く、茂原観音とも呼ばれ親しまれている。
60年に一度、開帳(公開)されるという秘仏であるため、金箔が良く保たれている。
下野三十三観音霊場の二十番礼所として信仰されている。
縁起では、「承安4年この地に住んでいた、宇都宮氏の家臣・裳原遠江守家次が枕辺に立った聖観音像を彫刻して安置した」と伝えられているが、室町時代に造られた仏像である。
※看板の文章そのままです。
間引き図絵馬
間引き図絵馬
「間引き」とは、生まれたばかりの子供を家の生活が苦しい為に殺してしまう事である。
江戸時代に幕府や藩は「間引き」を厳しく禁止し、特に宇都宮藩は「間引き」禁止の教育に熱心であった。
この絵馬は、天保14年(1843)地元の名主によって奉納されたもので、これらを使って、村の人達に「間引き」の悪行(悪い行い)を説いたという。
※看板の文章そのままです。

そして、知る人ぞ知る!
御堂の裏手に、ヒッソリと馬頭観音様がいるんですよ(^^♪
茂原観音の裏手にある馬頭観音様
毎週、日曜日にペットボトルのお水をお供えしている私です。(^O^)/
せめて、お寺に水道があればなぁ~って思う今日この頃です。(>_<)
※探せば有るのだとは思いますが、ウロウロして、さい銭泥棒と間違えられたく無いですからね(>_<)

因みにですが( ..)φメモメモ
裳原遠江守家次
(もばらとうとうみのかみいえつぐ)と読みます。
もともとは丹州穴穂の領主であったが、故あって宇都宮家の家臣となったそうです。
そして、軍功をたてた報償として、私の住んでる茂原の地を賜り、治めていたそうです。

以上、茂原観音のご紹介でした。
興味のある方は是非、遊びに来てみて下さいね。
他にも沢山、紹介したい処が有りますが、調べが済んだら、紹介しますので、楽しみにしていて下さいね。
それでは、失礼いたします。
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Author:taiyomori
太陽装建です
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